4日連続

南ブロック合宿から帰宅しました。
え〜、ほんと楽しかった。
有意義だった。
俺、何もしてないけど(爆

学集会では相方の先輩に心配かけ、分科会ではまったくの第十敗を犯し、班員の学生が誰一人として出席しなかったため、会場内をただただふらつき…。
おおかた本当に有意義だったのか、疑問になるような二日感だったが、参加した事に意義があった。
いや、別に自己満とかでなくて、本当に有意義だった。


とりあえずね、タイトルに即して書くんであれば、カウンセリングを受けに行くため、家族に相談した先週の木曜の夜から、今のところ4日連続、パーフェクトに必ず涙を流してる。
家族の前で泣き、カウンセラーの前で泣き、地センの学生委員長の前で泣き、大好きな先輩の前で泣き…。
今のところ、南ブロ合宿のおかげでだいぶ元気。
これからどうすれば良いのか、どうしたいのか、なんとなしには見えてきた。
そういう意味で、あ、自己満かもしんないね。
でも合宿に行った意味はあった。
まぁ、今後改善に向かうかどうかはまだ微妙なラインだけどね。
根本解決はまだしてないんで。
明日は泣きたくないな。
肌弱いから泣くと目の周り、ガサガサになっちゃうんだよな。
疲れるし。
薬塗っても変わんないし。


そう、それと。
まさか自分で勉強した事を体験するとは思わなかった。
先週の金曜から心身症一歩手前状態で…。
学生委員会、正確に言えばKが関連する事を考えたり行動しようとすると、胸とか腹のあたりがモヤモヤしてくる。
しかも「何か嫌だな」、そんなレベルじゃないんだ。
苦しいのよ、ほんとに。
不思議だよ、心と体って。
気持ち悪くなったり苦しくなったり。
関連した事を目の前にするとすごく苦しいのに、でもそれがなくなるとさ、ほんとにスッとなくなるのよ、つらいのが。
心身相関とはよく言ったもので、嫌な事(ストレスとか)で体が動かなくなるって本当なんだよ。
「気楽に考えろって。病は気からだよ。」
そんな事言うやつがいたら、良かれと思って言ってても、真っ先に嫌悪感催しますね。
じゃぁあんたは自分の考える事を制御しきれるんですか?って言いたくなる。
気楽に考えられるようになる訓練は俺の場合、すべきだろう。
あぁ、わかるよ。
ただな、そんなあっさり言うな!
言うなら「病は気からって言うしな、気楽に考えられるよう変えていった方が良いね。」って言え!
情緒不安定なんだから…、あんまイライラしたくないんだって。


あ、それと、合宿行って気付いた事がもうひとつ。
俺、最近になるまで人に何かを相談したり打ち明けたりってのが過去に比べて極端に少なくなってた。
それにはいくつかの理由があったのよ。
そもそも俺自身が内面に溜め込んでる感情に気付いてなかった事、話せる時間的、精神的余裕がなかった事、そして何より、勝手な主観で話をされるのがすごく嫌だった。
良いのよ、自分の過去の経験とか提案をしてくれんのは。
ただ、押し付けんなって思う。
少なくとも俺が泣いてる時にいてくれた人たちは誰一人として俺に押し付けたりはしなかった。
だから泣けたのかもしれない。
俺自身を尊重してくれていた。
まぁ、俺に事情を多少なりと知っていて話をしてくれた人は心配だからこそ話をしに来てくれたんだけどね。
そこは感謝だけど、感謝する余裕なんてありません、今の僕に。
ごめんなさい。


この数日、すごく濃い生活してる気がするなぁ。
自分のIDが何のか、少し見えてきたし。
俺はね、本当に人間関係に恵まれてるのよ。
だいぶ前から思ってて、言って来た事だけど、再認識した。
家族、親友、彼女、先輩…。
人間関係ってさ、その人のIDがものすごく関わってるものだと思うんよ。
だってさ、その人の個体性がいろんな形の人間関係を作り上げるわけでしょ?
別に人間関係が恵まれてなければ、言い換えれば仲の良い人間関係がただひたすらに多ければ良いとは言わないけど、少なくとも俺にとってはそれが良い形、結果を作り出してくれた。
人間関係ってその人のIDを示す重要素なんじゃないかな?
それを切り口にすれば、もう少しIDの事が理解できるような気がする。


今日はどうなるかな。
新歓のミーティングだ…。
体が動きゃ良いけど…。
レポートやんなきゃ…。
泣くような事にならなきゃ良いなぁ…。